時々読み返したくなる本の一冊に『ゲド戦記』(ル・グウィン著)があります。アースシーという架空の世界で、魔法使いゲドが少年から老年に至るまでの人生を描いた冒険ファンタジーなのですが、私は6冊シリーズの中でも1巻の「影との戦い」が好きです。
魔法使いになる修行中だったゲドは、ライバルに勝ちたいという欲望から、「影」と呼ばれる強力でネガティブなエネルギーを呼び起こしてしまいます。ゲドはそれからこの影につきまとわれ、ずっと怯えながら逃げ続けるのですが、最後には自分で生み出した影に直面していきます。
ゲドの魔法修行やアースシーという多島海の島々を旅していく様子が魅力的な上に、やはり繰り返し読んで面白いのは、ゲドの歩む道のりが、私たちの魂の物語の象徴として感じるからだと思います。
キリスト神秘主義の教師だったダスカロスは、私たちは日々エレメンタルというエネルギー体を新たに生み出したり、再活性化して、それらの影響を受けて生きていると説きました。ネガティブなエレメンタルというのは、まさにゲドが生み出した影と同じものです。影は不安や恐怖、怒り、プライド、罪悪感や無力感など様々な形をとって現れてきます。この世界で生きている限り、誰もが影を生み出し、いずれはそれらの影に直面することになります。そういう意味で、ゲドと影の対決は、ファンタジーという空想の世界ではなく、とてもリアルな現実だと感じます。
もし影を見ずになかったことにしようとしても、影が消えることはありません。むしろ影につきまとわれて、今の人生から次の人生へと転生しても、追われ続けることになってしまいます。それをやめるためにはゲドと同じ選択、つまり影を追いかける側に立って、影と直面する決意が必要なのだと思います。
影に追われて生きるのか、勇気を持って影に直面するのか。
ゲドの物語は、影に直面する勇気を持つことの大切さ、自己の内側にある強さを思い起こさせてくれる物語だと思います。
(2019年3月29日)